徳川幕府は265年の長期政権であったが、江戸後期には天明の大飢饉や安政の大地震、コレラの蔓延などに苦しめられた。また天保年間にも大飢饉が起こったが、天保の改革を断行してなんとか乗り切っている。
しかし、いつしか幕臣たちが講ずる諸策も幕府の制度疲労を補うには不十分となり、幕政改革は頓挫し、財政赤字は膨らむばかりであった。また各藩も莫大な赤字に苦しんだが、それらを藩政改革で乗り超えた藩が雄藩と呼ばれ、力を蓄えていくのである。
幕末はまさに内憂外患で、国内では将軍継嗣問題で一橋派と南紀派が激しく対立し、諸外国と通商条約を結ぶかどうかでも大揺れとなった。結局、幕府は南紀派の徳川慶福(のちの家茂)を将軍継嗣とし、勅許を得ることなく日米修好通商条約を結び、決着をはかった。
ところが幕府の強引なやり方は、天皇や公家に不満を募らせていき、志士たちを過激な行動へと駆り立てていった。特に各藩を脱藩した志士たちが京都へ集まり、朝廷を動かして幕府に改革を迫ろうとした。
それに対して新選組は京都の治安維持に力を尽くすが、幕府が瓦解すると、共に滅亡の道を歩んでいくことになる。このように幕末から明治維新、いろいろな人々のドラマが大きく展開していった。
今回、「龍馬と河田小龍」、「幕末のあそび」、「幕末の諸侯」、「幕末の公家」、「幕臣たち」、「志士群像」、「新選組」の7つのコーナー展示を通じ、維新の軌跡を少しでも感じ取っていただければと望む次第です。本展にご協力、ご支援いただいた各関係、個人の方々に厚く御礼申し上げます。
平成24年(2012)正月吉日 霊山歴史館
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