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企画展「新選組隊士列伝」第2期始まる

2026.07.15

 企画展「新選組隊士列伝」第2期では、初公開の蝦夷地での戦いを記録した「古今無類 忠勇義録 蝦夷地脱走役々惣姓名」や、「田本研造製 写真台紙」が、新選組の最期を物語る重要な資料として紹介されます。

 

【初公開】古今無類 忠勇義録 蝦夷地脱走役々惣姓名 
                          寄贈:熊本県・青木雄子氏


 この史料は、箱館戦争時の旧幕府軍(箱館新政府、蝦夷共和国)の役職名簿である
 箱館戦争を戦った旧幕臣の為貝金八郎が書いたもの。
 「明治二己巳(つちのとみ)年九月末日東京へ帰府芝増上寺」とあることから、為貝金八郎が箱館戦争の敗戦後、東京へ戻り、謹慎した芝の増上寺で記したことが分かる
 冒頭は「諸官員」から始まり、総督(総裁)の榎本釜次郎(武揚)、副総督(副総裁)の松平太郎、海軍奉行の荒井郁之助、陸軍奉行の大鳥圭助(圭介)、陸軍奉行並の土方歳三らの名があり、土方の名前の上には「討死」を表す赤い丸が付けられている。
 また箱館奉行の永井尚志、箱館奉行並の中島三郎助、開拓奉行の沢太郎左衛門、松前奉行の人見勝太郎らの名も書かれている。
 最後尾から4人目が渋沢成一郎で、渋沢栄一の従弟である。
 為貝金八郎は「歩兵指図役下役」や「撤兵指図役下役」「歩兵指図役勤方」などを務めた幕臣で、箱館新政府では箱館・松前改役頭取となり箱館戦争を戦ったが、明治2年5月に新政府軍に降伏した。
 維新後は静岡藩士になった。

 

【初公開】 田本研造製 写真台紙  寄贈:兵庫県西宮市・川村政和氏
     The Photograph of Aoki Ai(older sister of Katsura hayanosuke)

 田本研造(1832-1912)は、土方歳三(洋装姿)の写真を撮影したことで有名な写真師で、蝦夷地箱館(北海道函館市)に写場(写真館)を開いた。 
 台紙裏には函館港のイラストと文字、會所町寫真師、Photographer、K.Tamoto、HAKODATE/JAPANの文字が印刷されている。 
 田本研造は慶応2年(1866)頃から写真師として活動し、明治元年(1868)には箱館戦争の中の箱館新政府(蝦夷共和国)総裁・榎本武揚や陸軍奉行並・土方歳三を撮影した。 
 残念ながら、表の写真の人物は不明である。