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渋沢栄一が生きた幕末 第3期 栄一をめぐる人々 見どころ紹介

2021.09.14

必見‼慶喜、少年期の書

『徳川慶喜 松雲伴鶴飛』

 弘化4年(1847)の仲秋(8月)に慶喜がしたためた書です。この時、慶喜は数え年で11歳(満10歳)、一橋徳川家へ養子に入った際に書いたと考えられます。11歳の少年が書いたとは思えない見事な字で、慶喜の教養の高さを窺い知ることができます。

明治初期の名所の一つ

『錦絵 東京三井組ハウス東京名所海運橋五階造真図』

一曜斎国輝画。徳川幕府の御用を務めていた三井家は、明治元年(1868)に明治政府の金融事務を命ぜられ、「御為替方三井組」となって政府を支えます。そして明治5年、日本橋にかかっていた海運橋の横に「三井組ハウス」を建設しました。「三井組ハウス」は5層建ての洋館で、最上階には展望台が据えられ話題をさらいます。しかし後に政府へ譲渡させられ、渋沢栄一が設立に携わった第一国立銀行になりました。

豪商のこだわりを感じる

『三井本家が土方家に贈った短刀』

三井本家の三井高福(たかよし)が、三井家の番頭格であった土方家に贈った短刀です。武家は刀身にこだわり、商家は拵えにこだわる傾向があるため、本短刀も刀身は無銘の平凡な作です。しかし拵えは凝っており、小柄(こづか)に三井家の家紋である「四ツ目結」紋がついています。

 

初公開‼

『川路聖謨 和歌』『川路高子 和歌』

 徳川幕府の官僚、外交官として活躍した川路聖謨(かわじ としあきら)と、高子夫妻の和歌になります。川路は勘定方の役人から奉行となった学識の深い人物で、その妻・高子も国文を愛した教養のある女性でした。大河ドラマ『青天を衝け』で注目を浴びた聖謨、そして聖謨を支えた高子の、趣ある和歌をご覧下さい。

初公開‼

『岩倉具視 書状 大隈重信宛』

 明治6年(1873)10月13日付で、岩倉が大隈へ贈った手紙になります。
この年、政府内では朝鮮への使節派遣を巡って混乱があり、結果、西郷隆盛、板垣退助、江藤新平ら政府高官をはじめ、多くの官僚・軍人が政府を去りました。本書状は、まさに混乱の最中に認められたものであり、岩倉は自身の進退についても触れています。

 

展覧会 渋沢栄一が生きた幕末  第3期 栄一をめぐる人々